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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1060号 判決 1974年12月04日

控訴人

スチュアート・ソーン

右訴訟代理人

鎌田英次

ほか一名

被控訴人

アンケ・ヴィーガント

右訴訟代理人

牧野良三

被控訴人

伊丹潤こと

庾東龍

右訴訟代理人

広田尚久

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が本件建物(東京都港区元麻布二丁目四番一号所在。木造瓦葺三階建居宅。実測床面積一階約143.17平方米、二階約128.46平方米、三階約10.74平方米)を所有し、その一、二階の各一部計約98.48平方米を被控訴人アンケ・ヴィーガントに、又一階の一部約88.62平方米を被控訴人東龍に各賃貸していたこと、控訴人も亦右建物の一、二階残部を使用してこれに居住していたこと並びに昭和四五年二月二六日午後八時二〇分頃本件建物において火災が生じたこと、以上の事実は当事者間に争がなく、右火災により被控訴人らの各賃借部分に火が及び被災したことは、弁論の全趣旨により明らかである。

二そこでまず、右火災の発生原因をみるに、<証拠>を総合すると、本件火災の出火場所は控訴人の居住部分たる一階台所の西側に在つた給湯用ボイラーの排気用煙突部分であつたこと、同煙突は一階の板張天井を貫通して二階に及んでいるが、右天井貫通部にはメガネ石が設けられ、そのメガネ石は木枠で支えられて天井板に接続していたこと、右メガネ石の穴を貫通する同煙突の外周から、右木枠までの最短距離は3.75糎以内と認められること、しかして右ボイラーは本件火災発生当時も点火使用されていたもので、右火災発生の直後たる当日午後八時二六分頃現場を調査した所轄消防署員の見分結果によれば、右ボイラー用の煙突は前記天井貫通部においてその接続がはずれていたこと、なお他に出火原因の可能性ある事情が見出されないこと、以上の各事実が認められる。<証拠判断省略>

右認定の各事実を総合すると、本件火災は、右ボイラーを点火使用中、その排気用煙突の天井貫通部における煙突と木枠部分の間隔が狭いところに、同貫通部における煙突の接続がはずれたため、右木枠及びこれに接する天井板が加熱され、炭化して着火したことに因つて生じたものとみるのが相当である。

三ところで、右火災による被控訴人ら賃借部分の使用不能等につき、被控訴人らは第一次的に債務不履行の成立を主張するので按ずるに、凡そ賃貸人は賃借人に対しその賃貸物件につき、単にこれを貸渡して使用収益し得る状態におけば足るものではなく、進んで常時賃借人が当該物件を約旨の用法に従つて充分使用収益し得るよう協力すべき積極的な義務を負う(民法六〇一条、六〇六条一項参照)ものというべきであるから、賃貸人の作為又は不作為に基因して賃借物件に使用収益の不能ないし困難の状態が生じたときは、右協力義務の違反ありとして賃貸人につき債務不履行が成立するものといわなければならない。今これを本件についてみるに、前叙のように賃貸人たる控訴人は本件建物の一部を被控訴人らに貸渡し、賃借人たる被控訴人らは当時それぞれこれを使用収益していたのであるが、賃貸人たる控訴人の居住部分から出火した火災によつて被控訴人らの賃借部分も被災し、使用収益不能となつたものであつて、後記認定のように右出火が控訴人の失火と認められる以上、控訴人は賃貸人としての協力義務に違反するものとして債務不履行上の責任を免れ得ない。

もつとも家主の居住家屋と借家人の賃借家屋とが別棟であるような場合には、たとえ家主の自宅における失火に基因して借家が類焼したとしても、通常家主に協力義務違反の責を問うべきではないが、本件のように一棟の建物の一部の賃貸借にあつては、もし非賃貸部分について火災、腐朽、著しい騒音及び振動等のあるときは、通常その影響は直ちに賃貸部分に及び、賃借人をして約旨の用法に沿つた使用収益を為すことを不能又は困難ならしめることが明らかであるから、一棟の建物の一部を賃貸した者は、その賃貸部分の使用収益を充分に為さしめるために、ただに賃貸部分のみならず、これと密接な関係にある非賃貸部分についても管理上充分な注意を払い、もつて右協力義務を果すべきものである。

四右に対し、控訴人は無過失の主張をなすところ、債務不履行の場合にあつては、不法行為と異り、たとえそれが失火に基くものであつたとしても、失火責任法の適用ははないと解すべきであるから、以下本件火災について控訴人に軽過失もなかつたか否かの観点から事実を審究することとする。

前示第二項冒頭に掲記の各証拠に、<証拠>を総合すると、本件ボイラー用煙突は前叙のように、その天井貫通部において木枠部分との間隔が僅かであるのみならず、本件火災当日右貫通部において煙突の接続がはずれていたものであり、右ボイラー及び煙突は本件事故の約一一年前に控訴人において設置したものであるが、じ来本件事故に至るまでの間、ボイラーに点火しているにもかかわらず湯が出ず又は低温の湯しか出ないということが度々あり、又右ボイラーではないが、同じく本件建物内に設置されている空調用ボイラーが爆発したことが二度位あり、借間人達からも再三注意されていたのに、控訴人はその都度自分の手で手直しを試みる程度で、本件ボイラー及び煙突等につき定期的に充分な点検を為すとか、専門家に依頼して徹底した修理を図る等の措置を執らずに推移してきたこと、又本件事故当日、控訴人は本件ボイラーに点火したのであるが、その後本件煙突の天井貫通部辺から出火した際も、控訴人は同部分に洗面器で水をかけただけで二階にあがり、煙を外に出すため窓をあけたりしたが、その間消火ないし火災拡大防止のために更に有効な措置を執つていないこと等の事実が認められる。<証拠判断省略>

右認定の事実関係によれば、賃貸人である控訴人には、本件ボイラー用煙突の管理についても本件火災の拡大防止についても、注意義務を怠つた懈怠があり、それは過失、少くとも軽過失を構成することは明白というべきであるから、本件債務不履行は控訴人の責に帰すべき事由に基くものといわなければならない。

五とすると、控訴人は、右債務不履行に因り被控訴人らの蒙つた損害を賠償すべき責任を負うものというべきところ、被控訴人らの蒙つた損害は、ただに賃貸部分の使用収益の不能自体の損害のみに止まらず、賃借人が当該賃借部分において蔵置保有していた家財道具、衣類、蔵書その他の動産類の損害にも及ぶことは本件賃貸借の目的に徴し当然である。しかして本件において被控訴人らが蒙つた右動産類に関する損害の内容及び評価については、原判決がその認定の根拠とした証拠に当審における被控訴本人東龍の供述を加え、又右損害に関する当審における控訴本人の供述を採用し難いものとする外は、原判決理由説示第三項のとおりであろうから、これを引用する《以下省略》

(古山宏 西岡悌次 小谷卓男)

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